するり、と

部屋から死人のにおいがする。ロキソニン中毒が現実認識を歪ませて、日常を増長している。優雅で感傷的で下品な営みが何を明らかにするんだろう。夜明けを疑いだす唇。それをもっと見たい。私は、となりで眠っている私の部屋に迷い込んできた黒い猫に小さな声で語りかける。
「私は猫アレルギーなんだけど、君は私と一緒にいたほうがいいに決まってるんだ。これは共鳴だと思う。言葉にしてみると信じられなくなるけど、現に今どんどん顔が赤らんでぼこぼこになってきて目が腫れて瞼の隙間からねちょりと音がする、涙さえ流れれば痛い、鼻のぶつぶつが巨大化してもう、鼻水と一緒にもげそうなんだ。それでも一緒にいたいんだ。毛穴から悲鳴が聞こえるのかい?それに君が黒猫の形をした爆弾でも、レーダーがついてるなんのためかわからないスパイでも、私は構わない、受け入れるよ」
黒猫はいつも座布団の上を王様のように陣取って、私が耳に息を吹きかける悪戯を、軽く流した目をして見た。赤いつるつるした座布団が、どんどんどんどん黒い毛で波打ってくる。黒くて艶のある、黒猫の毛がまるで生えてきたかのように、座布団の毛並みは揃い、上で丸くなっている黒猫と同化した。尻尾がたまに空中の何かに触れるとぴくりと微小に反動してから、右に、左にゆっくり動いて、また黒い毛の座布団の上に戻っていく。
私は相変わらず猫アレルギーであり、鼻と鼻水が一緒になってゲル状に溶けてくるまでになったが、黒猫の頭を、暇を持て余すように撫でた。撫でると首を縮めながら耳をたたんで少しだけこちらを見た。愛おしかった。手のひらには水泡が無数に浮かび上がって、その小さな膨らみが黒猫の毛の刺激で破裂すると、組織液でべたべたになり、それを黒猫は舐めてみるのだが、あの小さな舌のざらつきで、やっぱり手のひらは摩れた。血も吹き出して止まらなくなる。黒猫は血を見るとあくびをしてするりとどこかへ行った。
私はふと思う、ざらついている舌も、そのうちわからなくなるだろう。黒猫の舌の温度さえ、私は感知できなくなってしまうのだ。黒猫はたまに私の膝の上でも丸くなったが、座布団の上が好きなようだった。
ところで私の黒髪も、黒猫と一緒になることを望んでいるように、ひたすら伸びていった。一ヶ月に10センチくらい伸びる事もあった。床に寝転がり、麻痺してしびれの感覚もなくなった頬に手をあてて、黒猫を呼ぶと、床にだらしなく垂れている髪の毛の上に座った。髪の毛の上に座ると、黒猫は挑戦的な目をして爪を立てたが、絨毯に引っかかって、鈍い音がした。黒猫は、髪の毛をひとしきり引っ掻き回すと、飽きて、また座布団に戻った。私は猫アレルギーだったが、座布団を包み込むように体を丸く曲げて横になり、黒猫をまた、撫でた。