眠れない夜は羊なんか数えない

正直言って何も書けなくなってしまったのです。書きたい欲求だけがからまわりして、何も言葉が出てこない。それは我慢していたからというのもあるし、言葉を紡ぎ出そうとする行為が自意識から遠く離れていったというのもある。尊厳をどこかに置いてきて、人…

話してよ、最悪なキミのこと

スクリーンから光が消えて、辺りが数秒間だけまっくらになる。固まった背中を前の方にそらして、腕と曲がった指を、口をつぐみながらうんと上まで伸ばすのがたまらなく好きだ。身体の中からみしみしって聞こえたら、最後にコキって小さく鳴る。息がもれるの…

百年後の

百年後のこと? だって百年後は私じゃないでしょう。ううん、あなたには会いたいのだけど。そうね、百年後にも実体があれば、両手を広げてあなたを抱きしめるよ。というかさ、私やあなたが作ったものが、百年後、誰かの目に触れるかもしれないと思うとちょっ…

ほんとうの嘘

私はとある島で生まれた。東京からは片道で一日分くらい離れている、小さな島で、四方八方、見渡す限り海に囲まれているような所だ。島のまんなからへんには大きな夢の山もある。その名も大山。本当に緑ばっかり。生まれた家の前にある小さな門は、ところど…

上機嫌で旅がしたい

失われているのは、なんなのだろうかということを考える。 しあわせな空間に、たいせつな人の心に、何かが満たされていくことに、神経が極まっていくのがわかる。感情があふれだすから眉間や目尻にしわが刻み込まれる。奇跡とかいう言葉を連ねる。それでも気…

もう知識はいらない

フクオカにいる仲の良い友達がいて、もうかれこれ、えっとどれくらいだっけと思って数えてみたら、7、8年の付き合いだった。8年か。すごいな。子供だったころから、考えてみたらやっぱりちょっとずつ大人になっていて、あれ、7年前っていたらそうか、そ…

ポップではないものとしての悪意

「悪意の連鎖について考えれば考えるほど分からなくなるのは当たり前で、悪意っていうのはすぐに伝染する。だから、悪意は、誰かある一人のやつが、何も言わないで、何もしないで、何も考えないで、全部飲み込むっていう覚悟を持って静かに、受け止めなきゃ…

彼女は魔法使い

もじがだいずきだ。文字がそこにあれば、目が勝手にそれを追っちゃうから。眺めてると、もじたちがこっちに向かって、語りかけてくる。うん、うん、とうなずいて、目が釘付け。何度も何度も読んでしまう。文字の形を目や指でなぞってあげるんだ。できるだけ…

ブエノスアイレスをもう一度

二十歳前にブエノスアイレスを観たとき、私はどんなことを思ったんだろうか。思い出せない。映像とそこに映る行為の刺激が強過ぎて多分、放心状態だった。それでも一番覚えているのはトニー・レオンの白黒の顔で、その表情は「もう無理だ」っていう悲しい顔…

月曜日

くしゃくしゃに丸めた包装紙の裏側の方の触感がつるつるしていて、こっちがほんとうは模様になっているみたいだ。よく見ると、このようなものが書き連ねてあった。「あなたがすき。あなたはすばらしい、あなたは輝いている、あなたは雨降る夜に、道路に映り…

つながって

つまらないって思ったらさっさとやめなよ。もしかしたらおもしろいことがあるかもしれないなんて思ってやるだけ無駄でしょう。自分がつまらないって思ってるなら自分自身がツマラナイ人間だってことだよ。 とさらさら書かれた23日前のメモ。彼女には辛過ぎる…

笑えればね

「そうであることの必然性を主張する術など、私は持ち得ないが、君がつなぐ、触れる、手や指が、他ならぬ、私の手であるならば私は、それだけで、いいのです。」忘れられない言葉だけが置き手紙になっていて、反芻され続け、収束し、ふと紙の束の中から思考…

5年くらい経ってしまったかと悔やんでいたが、よく思い返してみると2年が過ぎ去っただけのようだった。脳が5年と判断したのだからそうなのかもしれない。2年なんていうのも、取るに足らない数字には違いないが、2年は確実に過ぎ去って、2年ののち、2…

体温

握っている携帯電話の質感が、体の中で血管を傷つけながら通りすぎていく感じが、頭の中の二次元映像に、くるくると丸められて、あれ、ここはどこだろうと辺りを見回すと、半分眠っていた。夢の中で、普段使っていない、細い携帯電話の冷たくて大きいボタン…

あの日

春になる前に思い出すことがある。 外の均等な光とたくさんの層に分かれた空気が混ざり合ったり反射したりして、気持ち良さそうだから薄着で外に出てみる。息を吸い込むときにざざざと鳥肌が立つような昼間、体の芯は冷たくてまだまだ心から笑えない。そうい…

割れちゃった真っ白と、ジュース

ベッドの下の、絨毯とベッドの隙間の奥底には数匹のキノコがいて、夜になるとにょきにょき顔を出してくる。それが本当に怖い。闇の中で赤緑の光が無数に点滅したらどうしよう。こっちを見ている。だからベッドから手や足をはみ出さないように寝なくてならな…

13歳くらいの少女

映画ではよく、13歳くらいの少女が、いい年をした大人に対してアドバイスをするというものがあってそれは大抵の場合、というか完全に的を得ているのでものすごくびっくりする。ある映画では恋愛に悩む兄に対して、「魚(女)は海(世界)に死ぬほど泳いでる…

色をつける

朝が来る。誰にでも朝はやってくる。 私はいつからか朝が来る事を、当たり前のこととして受け止められなくなってしまった。それはいつからなのだろう。朝ふと目覚める時のことなんて全く覚えてない。光が差し込まない部屋にいるからだろうか。何度もぼやけた…

こんにちは御月様(ダイジェスト版)

それで私はドアを開けた。 両腕を回すと空気と振動してぶんぶん音がするから、いつもよりもたくさん回した。このまま肩の関節が外れても仕方ないと思ったが、全然外れなかった。体がなんだかじれったくて、どうしたらいいか分からない。靴をはききれないまま…

外部に一部分を委託した散文

今もまだまだブチブチと切れている。まだまだ足りない。 「 」ってよく使われる言葉で、いろんな人が意識をする。いろいろな場面でよく耳にする。でも「 」それ自体の構造が、実はよくわからないでいる。あたかも有機的にそうなっているように人々が思うのは…

寸止めについての考察(増補版)

幾分、抽象的な話になってしまうのだが、デジャブという現象があったとして、その脳内映像、あるいは既視感、そういったものに捕らわれる瞬間が私には少なからずある。それは決まって、視線を一点に集中させるばかりか、足が停まってしまうようなやっかいな…

共鳴せえへんか

僕と共鳴せえへんか。 織田作之助の「夫婦善哉」、どうしょうもないけど惹かれてしまう柳吉のくらくらする口説き文句だ。私はこの小説を読んでから、実はオオサカに憧れていた。 オダサクの小説で読む「粋(すい)」そのものである強烈な色彩、いちいち風で…

するり、と

部屋から死人のにおいがする。ロキソニン中毒が現実認識を歪ませて、日常を増長している。優雅で感傷的で下品な営みが何を明らかにするんだろう。夜明けを疑いだす唇。それをもっと見たい。私は、となりで眠っている私の部屋に迷い込んできた黒い猫に小さな…

伝達方法はどんな手段でも

あの子が言うには、カミュがこんなことを言っていたらしい。「とりたててこともない人生の来る日も来る日も、時間がぼくらをいつも同じようにささえている。だが、ぼくらのほうで時間をささえなければならぬときが、いつかかならずやってくる。ぼくらは未来…

髪の毛が長かったから

僕はね、運命や偶然や時間の概念について考えれば考えるほど、物事はやっぱり二面性だけが取りざたされて、多くを見ようとしないと思うんです。 そこだけ失われ続けている。 現実とリアル、そのふたつの言葉に隔たる概念すら違う気がする。日本語なのか英語…

言う事が格言めいてた友達

かぬやんとはいつものファミレスで会った。茅ヶ崎の、国道一号線沿いの、24時間空いているファミレスだ。ドリンクバーと何か頼んでも500円くらいで済むし、駐車場があるから隣町に住んでる私は車ですぐ行く事が出来た。国道一号線は夜中は空いていて、…