百年後の

百年後のこと?
だって百年後は私じゃないでしょう。ううん、あなたには会いたいのだけど。そうね、百年後にも実体があれば、両手を広げてあなたを抱きしめるよ。というかさ、私やあなたが作ったものが、百年後、誰かの目に触れるかもしれないと思うとちょっとうれしいね。百年後の誰かに共感されたら、私たちは時空を越えられる。百年後、違う形で、たとえば途方もない宇宙みたいな網の中の、ある階層の中に私たち一緒に保存されるかしら?そうしたらずっと一緒でいられるね。

寝ている間に窓を開けていた事も忘れている。体温が上がってどんどん苦しくなって、身体に痛みのようなかゆみのような、そういうものが走ってゆくんだ。目を開けたいのに、瞼をぎゅっとしてくっつけている。痛みをやり過ごすわけではなく、ただ過ぎるのを待つ為に。喉の奥が乾いて、何度も唾を飲み込んでいたら、首のあたりがじれったくなって、まるで水中から光に向かって上がっていった瞬間みたいに、目を思いっきり見開いた。
さっき見た映像が反芻される。隣に寝ている人の、かわいらしく仕立てられたシャツの袖口からまっくろな数珠のような実体のないものが、わしゃわしゃ出てくる。あれこれ何かの動物かな。最初はお互い笑いころげる。ちょっとちょっと! あははは。かわいい。かわいい。なんだろう、このわしゃわしゃして丸っころいやつ? ねえなんだろうね。
でもね私はどんどん怖くなるんだ。多分1分もしないうちに。笑うように筋肉を使ってたのが全部溶けてほっぺたから唇がずるずるお腹の方まで垂れてきている気分になる。あれ? 自分のことを忘れてしまったらどうしよう、頭の中に身体ごと吸い込まれたらどうしよう。袖口から絶え間なく出続ける黒い物体が悪魔みたいに見える。どこか知らないところで大きくなった、誰かの悪意が口の中に入ってくる気がする。ああ、やめて!と私は精一杯叫ぶ。お願いだから、あなたの手首を、私に切らせないで! あの人は穏やかに笑っている。とても華奢な指を顔の方に持ってきて前髪を少し横にやる。そして私の伸びた前髪に触れてから、少し右に流して、そのまま頬にするーっと手の甲を滑らせて、また笑うんだ。首をかしげると、顔の丸さが際立って素敵だった。
私は何にも知らない。あなたのことも百年後のことも、何にも知らない。そのとき必要とされている実感というもののために、恐ろしいほど加担するだけだ。それでも、新しさという歴史は繰り返され、私はそれを見つけるために絶え間なく動き続けなくてはいけないんだ。でもそれだと、悲しみを増大していくだけなんじゃないか?悪意を生んでいるのは他ならぬ私なのではないか?わしゃわしゃした黒い物体は全部私の内側へ消えて行った。私は思う。あなたが悪いんじゃない。
隣にはその人が寝ていて、ちいさく口を開けている。空気が身体の中に満たされようとして入ってゆく音がした。百年後、私はあなたのことを、心の底から信じているだろうか。大事なものを壊しながらちゃんと、信じているだろうか。