話してよ、最悪なキミのこと

スクリーンから光が消えて、辺りが数秒間だけまっくらになる。固まった背中を前の方にそらして、腕と曲がった指を、口をつぐみながらうんと上まで伸ばすのがたまらなく好きだ。身体の中からみしみしって聞こえたら、最後にコキって小さく鳴る。息がもれるのを、細心の注意を払ってそおっと飲み込む。まだ声を出しちゃいけない。そんなもったいないことできない。だんだん明るくなった空間に目が慣れてくると、私はずっと自分の足下を見てしまうんだ。なぜなら私は映画を見るときは決まって靴を脱ぐから。靴を脱いで、膝を抱える。あるときは銃弾の音に肩がびくっとなる。つま先がタイツに食い込んで、気持ち悪い。あるときは、唇と唇が触れ合って、まとう音に胸が苦しくなる。荒野の中に吹きあれる紙切れのひとつひとつが、耳の穴をふさいで、仰々しく小刻みに震えるような気配を感じる。
人がアスファルトの上を歩く時の、靴と地面がこすれる音。靴と地面の隙間に吹いている重苦しさ。着ているズボンやシャツの衣と衣がこすれる音。ポケットから携帯電話を出して、ナイフみたいに急に開く時の音。もう短くなったタバコから漂うもやもやした煙が鼻の先をかすめていく時に、あなたの指を思い出したりね。
それでね、私は夜の街を、姿勢を正して歩いてみたんだ。耳を研ぎすましていると、言葉が意味を失う。意味なんてあるのだろうか。話し声よりも風の音の方がよく聞こえる。私の意思で、私の右足で蹴った地面のくもった音が、なんだか、とても、心地よくて私はひたすら前を見て歩いた。

みんなしあわせになりたいだけなんだって。そんなことわかってるんだけどさ。でも私はやっぱり、誰かに助けを求めている。いつもいつも、毎朝、毎晩、薄い膜がかかったような世界に投げ出されてる感じだ。お風呂に入るのだって勇気がいる。洗濯機のスイッチを押すのだってつらい。爪を切ったときに決まって悪夢を思い出す。顔のほくろが増えている。外に出たら、外に出たら、助けてって言わなきゃ。でもその膜は、とっても薄いから、私がはっと息をしただけで破れては、私の顔を被おって、窒息させようとする。